老いて出来ることは少ない?!

「老いは文明のスキャンダルである」とボーヴォワールは言っている。

 

さもありなん!と同意しかけるのも、本心である。

 

自分では、いっぱし或る意味、アナーキストのようなつもりで、国やあらゆる組織から付与されるような、いわゆる「資格」なるもの、つまり(いわゆる士族、たとえば弁護士、会計士の他、医師、薬剤師などの類である。)を些か粋がりながらも排除し、自分の実力だけで勝負しようじゃ無いか?と生きてきたつもりだったが、この歳になると、そんな青二才のつっぱりなぞ、世間は全く歯牙にも掛けないのを痛感させられている。

 

つまり、世の中はそんなに甘くない、ということに尽きる。

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相変わらぬ夕陽の海

一方で、私は生来頑強な身体を備えていたわけでも無く、どちらかと言えば「蒲柳の質」と呼んでもよい方だったし、一時期私の世代に対してよく言われたことだが、丁度食べ盛りの成長期に戦争の故で食べ物に窮し、十分な栄養が取れなかったから、長生きは難しい、とされていた。

ところが、私は現在満88歳、今や昭和1桁の絶滅危惧種となっている。

まあ、これは現在の日本男性の平均寿命も健康寿命も遙かに凌駕している。そしてこれは類い希な例かと言えば、そうでも無い。現在、たまにスマホで会話を交わしている同年の、旧制都立中学、併設された新制都立高校を通じた6年間の同学年の友人の一人も健在であり、彼からの伝聞で、然程多数で無いにせよ、同学年生の健気な消息も聞いている。

なので、世の中から特に期待されているわけでも無いが、どっこい生き残っていて、それなりに健康で、戦時中から戦後の昭和、平成、令和へと実際に日本社会を体験した者として、色々言いたいことを格別憚ることも無く、発言し続けているというわけなのである。

 

そこで、タイトルに戻ると、一口に「老い」と言っても今では、かなり幅があることになるが、ここでは飽くまで90歳間近の無位無冠で、仕事しようにも誰からも振り向かれず、辛うじてカツカツの年金のみで暮らしている下流高齢老人の立場で書いて行くことになる。

だから、当然、体力的にも、経済的にも昔なら易々と出来ていたことが、ドンドン出来なくなっていく…、自分でも情けないくらいに。

でも、またこういう状況になっても、まだやりたいことはそれなりにあるし、やっていることもあるのである。

そんなことを、自他に差し支えない範囲でボチボチ記してみたい、と思っている。

それが誰かの参考になるか、何かの役に立つか?それは私の決めることでは無いだろう。

気の向いたときにでも目を通して頂ければ幸いだ!